富海にも 洒落た喫茶ができた詩 5月22日(火)はれ

アオ青い すっかり夏色 空と海
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湾のむこうの 反対がわに 珈琲ハウスが できたという
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チョイと覗いて 見ちゃろうかと ズームイン
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なんかけっこう 流行っとるらしい ズームイン
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こんど 行ってみようと はーこ言う
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そうじゃそうじゃ 行ってみようと トチも言う
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夏くるまでに 行ってみよ サンダルはいて

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# by totinoki2 | 2018-05-22 16:07 | 海の家 | Comments(0)

勇者・江木新六は かかえきれないほどの遺産を残した詩 5月21日(月)はれ 

 勇者新六の息子である 長兄・太兵衛 次兄・太郎右衛門は 
朝鮮の役・関ヶ原・大阪の陣と 連続する激しい戦いに参戦し 奮戦をかさねた    
そののち 応仁の乱以降100年以上も続いた戦国時代は 江戸幕府の成立とともに
ようやく その終わりを告げた
吉川広家は 家康の命により岩国へと移封され 兄弟一族は主君広家とともに 
雲州米子から岩国へと移り住むことになった
 戦国末期に生まれた兄弟は まだ幼い時に 不運にも父・新六を失い 
さらに母の再婚により「江木」姓までも失ってしまった
以来 名門・宍戸家家臣の山脇家に世話になったが 厳しい暮らしの中にありながらも
懸命に武道の鍛錬にもはげんだ
そして 成長し元服を迎えたのちに やはり父・新六と同様に吉川家に仕えたいと思い 
名(姓)のない中間(ちゅうげん)の身分ではあるものの 鉄砲衆の一員となった
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 その頃は 在所の新庄大田により「大田ノ太兵衛」「大田ノ太郎右衛門」と呼ばれていたが
移転先の岩国では それまでの武功により 
名のない中間身分から下級武士に引き上げられ 正式に太田姓を名乗ることになる
 岩国は瀬戸内海にも近く 前には清流錦川が流れ 気候温暖で山海の食にも恵まれ
そこでの暮らしぶりは これまでの危機感にあふれた生活に比べれば 
おだやかで平和であり さぞ安息した日々を 過ごせたことであったであろう
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 岩国移転(1600年)当時の兄弟は それぞれ26歳・24歳と推定するが 
長兄・太兵衛は そののち60歳で卒 次兄・太郎右衛門は75歳までの長寿を全うした
 その太郎右衛門は 幸せな生活が続く中 やがて来る自分の最期の時を自覚しながら
優しくも厳しくもあった勇猛な父・新六のことや 兄弟や仲間たちと棒切れをふり回し 
息を切らしながら駆け回った あの緑豊かな新庄太田村の山野を想い出していた
 特に 父・新六から聞く 祖先「播磨赤松」のこと「江木村」のことなど
囲炉裏を囲んでの夜噺は 子供心にも腹の底から奮い立つような気がしたものであった  
 そして それらのことを思い出すたびに 末期をむかえようとしている老体にも
ふたたび熱い血が流れていくような気がしてならなかった
 72歳となった秋の初め 新庄大田からともに移転した岩国西福寺の先祖伝来の墓に
末弟・又右衛門と息子・平兵衛とともに亡父・新六を墓参した
その夜は皆で昔話しを語り合い ひさびさに痛飲した … その明け方のこと 
太郎右衛門は幻影を見た … 目の前に父・新六の姿が … 
あの夜噺をしてくれた時と同じように 囲炉裏の前に座って やさしく笑った 父が …
太郎右衛門は 咄嗟に左手を突き出し 声にならぬ声で ち ち … う え と叫んだ
ハッと目を覚ませば 初秋の月明かりに照らされた左のこぶしが虚空をつかんで かすかに震えていた
 その朝 太郎右衛門は弟と息子にこの話をしたところ 二人とも同じような夢を見たという
これは きっと父・新六が 「祖先赤松のことや江木村でのこと そして今までのことを
のちのちまで語り継ぐように」との 願いなのであろう との話になった
 そして 太郎右衛門と末弟・又右衛門が たがいに昔のことを補いながら語り合い
それを 息子・平兵衛が 書き留めていくという方法で できたのが
この 江木家覚書である
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 この古文書は江戸時代の初期 今からほぼ370年前に書かれたものであり
和紙の裏写りなどもあり 現代では ほとんど全文読解不能ではあるが 
岩国徴古館の学芸員さんの協力や 崩し字読本 またはインタ-ネットをフル活用して 
その概略を わかる範囲で明らかにしたものです 
 ちなみに この太郎右衛門から二代のちに 姓を太田から江木に戻し江戸末期まで続き 
有坂流鉄砲研究などで大きな成果を挙げた 與一左衛門・(松田訓徳)の代で
江木から松田に改姓しています 改姓した理由は またの機会にします
 そして こののち江木一族からは 剣豪・福原範輔 37代文部大臣・江木千之
をはじめ 多彩な人物を排出しました
 とくに 江木千之は後年の回顧録が残っており そのなかで
子供の頃は 祖先の祠のある前で 「ヤアヤア 我こそは 江木土佐の守の ~」と
名乗りをあげて 剣げきごっこをして毎日遊んでいた 
それが今日につながっているであろうと 述べています
 この覚書が 江木家の家訓として語り継がれた 大切なものになりました
振り返ってみれば 勇者・新六は 雲州清水の矢倉で壮絶な最後を遂げ
すべてを失ったように見えますが とてつもなく大きな遺産を残したものです
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次回は いよいよ 
真説・朝鮮出兵と関ヶ原の戦い(新六の息子たちの戦い)です … 乞うご期待! 
 
   
  
 
       
 

  
 

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# by totinoki2 | 2018-05-21 15:56 | 昔の足あとを訪ね歩く | Comments(2)

黒犬チップが 穴を掘りまくる詩 5月20日(日)はれ

ここ掘れ ワンワン ナニかある?
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掘ってもほっても 石ころばかり トチの爺さん 石ころばかり
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上の方から笑われた トチの花にも わらわれた
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悔しくて ちがうところを 掘ってみた
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なんだかなぁ~ 匂いはするが なにも出てこん
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でもね 何かあるよ おとーさん クンクンクンクン
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ウゥ~ン そ~か こんど小判のにおいを
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おぼえて みるか? …
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なぁチップ
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じゃが その小判がないノォー うちには …

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# by totinoki2 | 2018-05-20 15:52 | 黒犬チップ | Comments(2)

遊んでやってるのか遊んでもらってるのか ようわからん詩 5月19日(土)はれ

昼チップ 花とたわむれ ワンワンワン
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晩ゴハン 食べたらヘンシン クロ鬼チップ
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これをやらなきゃ 夜は来ぬ
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果てなくつづく 夜の戦い … しまいにゃぁ~
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ワシャ~ 親犬か ・・・ ?
 

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# by totinoki2 | 2018-05-19 16:12 | 黒犬チップ | Comments(4)

5月ってこんなに雨が 降ったかなぁ?の詩 5月18日(金)雨

冬越した キャベツの玉が できました
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ちょっと前から 気温もすこし あがってきたから
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花の色も いろいろ色よく あがってきた
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雨も ときどき降るから 調子は良いが …
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どうも 五月の天気にしては ちとオカシ?
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このまんま 梅雨入りしたら ワヤになる
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きょうのお菓子は 那須の羊羹 いとおいし


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# by totinoki2 | 2018-05-18 15:30 | 田舎暮らし | Comments(6)
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去年の夏から お休みしていましたが 春の芽吹きとともに また始めました


by totinoki2
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